たんたんと、たんたんと、

内弁慶の主婦が、坦々としたものごとを、淡々と写真とともにつづる。

@病欠の午前

昨日から体調を崩しているかい十

今日はしっかり幼稚園もお休み

 

 

寝る!ママと寝る!と言うので

一緒に布団に潜り込む

 

すると

 

 

せっかくだからかい十のおっぱいのんどこっか♩

 

なんてキラキラと言い放つと

おもむろにパジャマの上をまくりあげたのだ

 

 

あまりにも自然すぎて

私はかい十のおっぱいにチュッとして

美味しいね、と言った

 

さらに

かい十のおっぱいは小さいけど好き?

なんて言うから

 

だーいすきーと答える

 

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病欠の午前

午前の柔らかい光に包まれる

キラキラしたかい十

 

 

優しい雰囲気を忘れたくないと思った

 

 

ただそれだけ

坂道を駆け上り

ジャングルジムを登り

長い長い滑り台をすべり

グラグラつり橋を渡り

 

駆けて登って渡ってまた駆ける

 

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ただそれだけなのに

楽しい面白い気持ち良い

 

 

 

 

 

かい十が配るからね、と張り切って何枚も何枚も落ち葉を配っていた

 

最初は一枚ずつ丁寧に配ってたけど

最後には鷲掴みで葉っぱを渡してきた

 

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こりゃぁ、葉脈が良いよね、うん。

虫食い具合も良いよね、うん。

 

 

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない

最近のかい十(3歳)の口癖は

なに?なんで?どうして?

なぜなぜ坊やである

 

これがもう凄まじいなぜなぜ攻撃を仕掛けてくる

 

信号ってなに?どうしてあるの?なにでできているの?

 

この建物はなにでできているの?

 

月の満ち欠けの話しになれば

なんで月はカタチがかわるの?どうやって?

 

虹を見た日には

なんで虹があるの?さっきは見えたのにどうして見えなくなったの?

 

女の子と男の子はなにが違う?

 

という具合に、100メートルも散歩をすれば何個も疑問が飛んでくるし

 

 

そんなこと聞く?!という疑問や

こちらがドキッとする様な本質を突く疑問が飛び交うと

 

 

 

何事も1つの答えしかないものなど無く

色々複雑に絡み合っていたり

角度を変えれば違う答えになったりするんだよなぁと心の中でしばしば思う

 

 

そうなるともう真面目に答えるのも投げやりになってきて

 

 

なんでかなぁ?どうしてかなぁ?どう思う?と聞き返すのが常である

 

 

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こうゆう時、かい十の疑問へ端的に答えを出せるのは

伊坂幸太郎のいう「神様のレシピ」のようなもんじゃないかと思う

 

 

私ごときの脳でヒョイヒョイと出した答えはある一面でしか捉えられていないわけで

 

それが全てではないはずである

 

あまりにも人の言葉に素直になりすぎてはいけない

世の中の現象など移り行くものであり

神様でもない1人の人間が出す答えが全てになってはいけない

 

 

どんな時でも他に3つくらいは端的な選択肢があるものだよ

 

 

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない、人間は神様じゃない

 

 

生きていく上では、それくらいの振れ幅を持ち自分で考えて決めれば良い

 

 

もし十年後のかい十が悩むことがあれば

そんな風に言ってやりたい