春の匂いの記憶
【匂い】 は記憶に深く残る
ワタシの実家の庭に城をこしらえているアリの一族がいた
死んでいる蛾をコツコツとバラし
自分が仕えている一族の城へと運び込む
城の入り口はそれほど大きくないはずなのに
食糧は城の中へとするりと吸い込まれていく
4歳のワタシは
全く別の世界で生きるものたちを見下ろし
自分が絶対的な力を持っていることに気づく
神にでもなった気分で無邪気に残酷な運命を与え始める
アリの列に握り拳ほどの石を置くと
列は一気に乱れる
しかしアリたちは右往左往しながらも
次第に異物を受け入れ
機械の様に規則正しく動き始める
物足りなくなったワタシは
水を流し込む
アリたちは地に足をつけることができずに
水の上を必死にもがく
その必死さに命を感じ 罪悪感を抱きはじめた神は
庭に生えている雑草を引き抜き
葉をスプーンの様に動かし
丁寧に彼らをすくいあげ
城まで送り届けた
うっすらと冷や汗をかいていた
翌日 彼らがこれまでと同じ様に
規則正く機械の様に動く姿をみて
4歳のワタシは安心した
神にはなれない
日に日に春が近づいて植物の生命力や
生き物たちがうごめき始める匂いが感じられると
無心で眺めていたあの美しい光景と
自分の中に潜む残酷さを思い出す
これがワタシの【春の匂い】 の記憶